クイーンズランド大学のフェロー、ペニー・ベイリーさんは、NF-JLEPサポートプログラム「訪日研究フェローシップ」を受給し、2022年12月から東京で研究調査を行ってきましたが、その研究調査の成果に関する報告会を2023年1月24日に開催しました。ベイリーさんの発表にはNF-JLEP Association事務局から多くの質問がよせられ、大変活発な報告会となりました。
研究テーマ:「日本の美術評論家柳宗悦の古代洞窟寺院についての評論『石佛寺の彫刻に就いて』(1919)」
柳宗悦と評論「石佛寺の彫刻に就いて」
柳宗悦は、日本における「民芸運動」の創立者といわれています。柳が活躍した大正時代は、華やかな装飾を施した美術品が高く評価されていましたが、“名もなき職人から生み出された日常の生活道具を「民藝(民衆的工芸)」と名付け、美術品に負けない美さがあると唱え、美は生活の中にあると語りました” (日本民藝協会ウェブサイト.「民藝とは何か」. https://www.nihon-mingeikyoukai.jp/about/)。このような新しい美の価値観を提示したのが「民芸運動」です。
現在は石窟庵と呼ばれている「石佛寺」は、韓国慶州にあり、ユネスコの世界遺産に登録されています。石佛寺は8世紀に建てられましたが、その後、韓国では儒教を思想とする時代が続き仏教のお寺は放置されましたが、1909年ごろに石佛寺が「再発見」されました。柳宗悦は、頻繁に朝鮮半島を訪れていましたが、石佛寺の彫刻の美しさに魅了されたそうです。お寺は宗教的に礼拝する対象だった当時、お寺を美術作品として初めて記述したのが、柳宗悦の評論「石佛寺の彫刻に就いて」です。当時はとても画期的なことでした。
ベイリーさんの訪日研究について
ベイリーさんは、これまで柳宗悦の著書を研究し英語に翻訳してきました。今回の訪日研究では、日本の美術史に大きな影響を与えたにも関わらず、学術的に十分に研究されてこなかった「石佛寺の彫刻に就いて」に焦点をあて、当時の評価や後の美術史への影響について分析を進めるため、東京で資料収集を行いました。
国会図書館、日本民藝館、東洋大学付属図書館、東京国立博物館の資料館などで関連する資料を閲覧し、柳宗悦の手書き原稿や石佛寺の彫刻のスケッチを見つけることができたそうです。特に、石佛寺の彫刻のスケッチは、柳の別の評論で取り上げられた彫刻が何であるかを知る手がかりともなり、大きな発見となったそうです。
また、今回の研究調査を通して、「石佛寺の彫刻に就いて」は、美術評論だけでなく、当時の日本の帝国主義を批判し日本と朝鮮の相互理解を深めたいという、柳宗悦の美術を通した思想としても位置づけることができたそうです。
ベイリーさんは帰国後、今回の訪日研究調査で得た資料の分析をすすめ、論文や著書として分析結果を発表していく予定です。また、クイーンズランド大学での日本語授業では、日本の文化や歴史を教える資料として、また、第二次世界大戦前に使われていた漢字の旧字体の紹介として活用するつもりです。
柳宗悦の学術研究者は、日本でも数えるほどしかいませんが、柳宗悦の新しい美の価値観や、美術を通しての政治思想を、英語で発信していくベイリーさんのご研究は、海外の日本理解推進において大変価値のある貴重なものです。今回の訪日研究調査を通して、ベイリーさんの更なるご活躍を期待しています。