• レポート
  • 2020.10.01

トルコにおける日本語教育の概要

トルコにおける日本語教育

トルコと日本の外交関係は19世紀最後の四半世紀に、経済関係は20世紀初頭にまでさかのぼる。特に1980年代から経済関係、2000年代初めからは文化的交流が深まっている。日本文化は、世界中でそうであるように、トルコにおいても特に若い世代の心を捉えており、日本の都市文化を反映するもの(マンガ、アニメ、コスプレ、ゲーム、ファッション)と伝統文化を反映するもの(寿司、豆腐、着物、武道、折り紙)などへの関心を集めている。また一方で、経済・貿易関係も発展し、エネルギー、健康、交通、建設、教育といった、日常生活に反映されている日本企業の投資活動(病院、橋、トンネル、道路など)も社会の中で日本をより「見えやすく」している。

これらに並行して、トルコでの日本語学習者数も世界と同様に増加していると言える。国際交流基金データによると、10年スケールで見れば、現在の学習者数はその10年前の2009年の学習者数の二倍を超えている。現在、34の教育機関で2500人に上る学習者が様々なレベルで日本語を学んでおり、その主要部分(7割強)は高等教育機関が占めている(表1)。さらに言えば、高等教育機関にて日本語を学ぶ者の3分の1(31.1%)は主専攻として日本語を学んでいる。

トルコにおける日本語教育の歴史は20世紀初めまでさかのぼる。1970年代には日土婦人友好文化協会などのNPO団体による日本語教育が行われた。公的教育機関として最初に日本語教育が開始されたのは、1986年に設置されたアンカラ大学の言語歴史地理学部日本語日本文学科である。これに続き、1993年にチャナッカレ・オンセキズ・マルト大学(COMU)日本語教育学科、1994年にはエルジェス大学日本語日本文学科、さらに2017年にはネヴシェヒル・ハッジ・ベクタシュ・ヴェリ大学日本語日本文学科が開設された。これらの学科では主専攻として日本語が教えられているが、この他に、選択科目として日本語の授業が行われている大学も数多くある。学科の名称からもわかるように、アンカラ、エルジェス、ネヴシェヒルの3校は「日本語・日本文学」科である一方で、チャナッカレ・オンセキズ・マルト大学は教育学部に設置された「日本語教育」学科であり、日本語教員の養成を目的としている。

トルコの学士課程で日本語を学ぶ学生たちのプロフィールは、前述の4学科の学生を対象に著者が行った2019年の調査から、次のようにまとめられる。学生の男女比率は半々である。学生のほとんどは、大学入学前に日本語を学んだことがないゼロ初級者である。社会文化的環境としては、都市で育ち、中間所得層の家庭から来ている。日本語を学ぶ動機としては、日本語そのものに対する興味とポップカルチャーや伝統文化に対する関心などがある。つまり、学習者の多くは統合的な動機づけを持っていると言える。

チャナッカレ・オンセキズ・マルト大学での日本語教育

チャナッカレ・オンセキズ・マルト大学日本語教育学科の学生たちは1年間の日本語予備教育を受けたのち、4年間の学士課程を履修する。予備課程では、週に25時間の基礎日本語教育が行われ、予備課程を合格した者は学部の教育に進むことができる。4年間の学部教育では日本語をはじめ、文化、社会、文学、神話、メディア分析、日本語教育史など、日本語及び日本に関する科目を履修する。さらに、教育社会学、教育哲学、教育心理学、教育原理と方法、教授法、学校体験、教室運営などの教育学の専門科目も履修し、教育職について学問的な知識を習得する。最終学年の教育実習では、中学・高校で実習を行い、日本語教員の資格を取得し卒業する。

本学科では、そのビジョンとミッションに則り、日本との物理的・地理的距離による隔たりを減らす目的で、教室内の教育活動のみならず、課外での文化活動も活発に行われている。25年以上にわたるトルコ日本学生友好協会の文化活動は、言語学習を別の側面からサポートしている。この学生協会内の、剣道、書道、茶道、日本料理、折り紙、マンガ、コスプレ、文芸、将棋、アニメ映画など数多くのクラブは顧問の教員とともに活動しており、学生たちは、授業で学んだ理論や知識を実際に体験する機会を得ている。

日本との物理的・地理的距離はありつつも、日本語能力は勿論、日本(文化、社会、歴史など)についても深い知識を習得し、現場においてそれを応用できる人材育成モデルの背景には上記の2点を同時に重視していることがあると考えている。これは「二刀流」モデルとも呼べる。システムとしては、第一に日本語予備教育課程(日本語習得)を重視すること、第二に学部1年目からは「日本語」と「日本」を別々に考えずにカリキュラムデザインを構成すること、第三には「教室内」教育活動と並行して行う文化活動を、趣味やボランティアとしてではなく「カリキュラムの一部」として実行することが本学の教育カリキュラムの特徴の一つではないかと言える。このようなアプローチはとりわけ近年よく見られるアプローチかもしれない。しかし、そこで本学が特に意識している点は、カリキュラムの中の日本語と日本、または教室内と教室外教育活動の割合や方法、教材のような「量的な」部分ではない。それよりも、物理的・地理的距離にもかかわらず、学習者が日常の中で生活の一部として日本や日本語に接触し続ける学習環境の提供を目指す「発想」を日本語教育学科教員一同が持ち続けることである。

大学院教育(日本語教育修士課程)

トルコにおける大学院教育はまずアンカラ大学、次にエルジェス大学で開始された。両大学では特に言語学、歴史、文学分野においての研究が行われている。チャナッカレ・オンセキズ・マルト大学では2020年9月より「日本語教育」を専門にした、トルコ初の大学院(修士課程)が開設される。基本的に、日本語教育分野における学術活動を行うこの修士課程では、トルコだけでなく近隣諸国における日本語教育の専門家を育成し、日本語教育の底上げを中期的に目指している。大学院プログラムでは、言語教育、教授法、社会言語学、言語教育における哲学的アプローチ、教育史、東洋と西洋の思想史、日本文化教育など様々なテーマを通して大学院生が十分な専門知識を備えることを目的としている。

本プログラムはもう一つ特徴をもっている。これまでトルコでは次の二つの方法で教員資格を取得することができた。一つは教育学部を卒業すること、もう一つは教育学部以外の学部を卒業した場合、教員養成講座を履修することで資格が認められた。しかし、この二つ目は廃止され、代わりに関連分野において修士号を取得することが必須となった。これはごく最近の改正であるが、こうした点からも、本学科の修士課程は、将来的には、日本語教育に関する学術研究を行う機関であるだけではなく、正式な資格を持つ日本語教員を養成する中心的存在になるものと考えられる。

日本語は、現在トルコの公的機関(大学など)では、少数派の言語の一つではあるものの、外国語科目として認められている。しかし、小・中・高校での英語やドイツ語のような第一外国語としての教育は行われておらず、教育省が採用する日本語教員数はごくわずかである。一方で、特に私立高校やプロジェクト校[1]、私立大学などでは、選択外国語科目として日本語を取り入れており、こうした学校は年々増加している。

最後に、今後もより質の高い学術研究を行うことで日本語教育に貢献し、また優秀な日本語教育の専門家を養成し、トルコ及び近隣諸国における日本語教育の主要機関の一つとなるために、さらなる努力を続ける所存である。

[1] プロジェクト校とは、高校進学センター試験において入学点が最も高い1%の高校を示している。これらの高校は一般高校と異なり教育省直属教育機関となり、研究機関、大学や研究者との連携をもとに様々な研究プロジェクトを実行し、教育活動に並び学術生産活動も同時に行う目的で設立されている。

 

著者略歴

チャナッカレ・オンセキズ・マルト大学 教育学部日本語教育学科 学科長 トルガ・オズシェン(准教授):チャナッカレ・オンセキズ・マルト大学教育学部日本語教育学科を卒業後、研究助手として同大学に採用。2004年〜2010年まで文部科学省国費留学生として熊本大学に留学、修士号及び博士号を同大学にて取得。専門領域としては社会学分野において戦後日本の社会変動を農村社会を通して研究。帰国後、チャナッカレ・オンセキズ・マルト大学に戻り、現在は日本語教育学科学科長。日本農村社会に関する研究に加え、日本語学習者の日本イメージや文化解釈などに関する研究も続けている。