日本語教育基金校であるブカレスト大学フォクシェネアヌ・アンカ准教授が2008年来日時に参加した、日本語多読の活動について、NPO法人日本語多読研究会理事長、粟野真紀子氏に更に詳しくご紹介いただきます。
「多読」とは?
私ども日本語多読研究会は多読の普及活動をしている団体です。「多読」という言葉は、みなさんもお聞きになったことがあるでしょう。言葉を学習するとき、「たくさん読んだり、聞いたり、話したり、書いたりしなさい」とは、よく言われることです。大量の言葉に触れることが語学学習にとって大切であるということは、だれもが疑う余地のないことのようです。日本語学習でも然り、です。
では、具体的に何をどう「多読」すればいいのでしょうか。
普通に「多読」というとき、精読をたくさんこなすこと、と思う先生方(そして学習者も)は大変多いようです。分からない言葉を調べて、文法を理解して、内容を隅々まで理解する読み方を、とにかく頑張ってたくさんする・・・。でも、私たちの考える「多読」は、全く違います。あくまでも細部に拘らず、子どものように読むことを目指します。つまり、思いっきり個人的でわがままな読み方! 辞書を引いて、分からない言葉は全部調べて意味を隅々まで理解して進むのではなくて、面白ければそのまま読み進めるけれど、分からない言葉が多くて分からなくなったら、どんどんその本を放り出すのです。
そんな「多読」のルールは次の4つです。
1.易しいレベルから始める。
2.辞書を引かない。
3.分からない言葉は飛ばす
4.進まなくなったらやめて他の本に移る。
少しぐらいわからない言葉があっても、飛ばしながら楽しく読んでいくという読み方を身につけると、学習者は日本語の本を恐がらなくなります。そして、大量の日本語に触れるうち、知らず知らずのうちに日本語を吸収していきます。逆に言えば、こういう読み方でなければ、大量の日本語を体に入れることはできないと思うのです。
多読授業とは?
「でも、そんなことが教室でできるの?」という声が聞こえてきそうです。そこで、私たちが日本語学校やボランティア教室で行っている多読クラスの様子をお話ししましょう。
まず、教室の真ん中にたくさんの本を並べます。中心になるのは、私ども日本語多読研究会が作成した語彙や文法を5段階にコントロールしたレベル別日本語多読ライブラリー「にほんごよむよむ文庫」(アスク出版)。これについては後で述べます。他に絵本やアニメコミックスやエッセイまんがや児童書などを古本屋で買ったり、図書館の団体貸し出しを利用して用意します。数十冊から百冊ぐらいになるでしょうか。
次に、学生に多読の意義、多読のルールについて話し、早速、スタート。学生は、それぞれのレベルや興味に応じて選んだ本を手に、それぞれが静かに席に着き、読み始めます。一人一人違う本を読むのです。教室は水を打ったように静まり返っていますが、ときどき、くすくすと笑い声が起きたり、隣の人をつっついて本を見せ合う場面も見られます。中には朗読CDを聞きながら本で字を追いかける学生も(「多聴」も大切!)。1冊読み終わったら、読書記録手帳に面白さと難易度、感想などを書き込みます。これが、休憩を挟んで、50分2コマ続きます。
ここでの教師の役割は、ひとつひとつの言葉を教えることではなくて、ひとりひとりをよく見て、多読的読み方のコツを身につけていってもらうためのアドバイスすることです。辞書は使わないで、と話してあっても、最初は、知らない言葉に出くわすとすぐに辞書に手を伸ばす学生がちらほらいます。そんなとき教師はすぐに近づいていって「絵を見ればわかりますよ」「もう少し読むとまた出てくるから、とりあえずわからないまま進んで」「あまり進んでいないようだからやめたら?」「頭の中で母語に訳していませんか?」など声をかけます。2回目以降、辞書を引く人はいなくなり、質問も減ります。内容に夢中になりはじめた証拠です。
学生の反応
多読クラスで見せる学生の集中力と楽しそうな様子には、毎回心から感動させられます。「鳥肌が立つ」と言った同僚もいます。長年、日本語教師をしていますが、小説を教室全体で輪読したり、教科書の本文を新出語彙や文法の分析をしながら読んでいるときの学生の顔と明らかに違うのです。読むことはとても能動的。そして読む力は「読めるものを読む」ことでつくんだと私自身、改めて多読授業を通して学びました。そして、その作業は大変個人的なもので、全体授業では限界があるともつくづく思い知らされました。
多読授業を半年あるいは1年続けた後の学生の感想には、毎年次のような言葉が並びます。「知らない言葉を飛ばしてもいいと聞いて、本当に大丈夫なのかと思ったけれど、知らないうちに私はどんどん本を読むことに夢中になった」「まだ日本語が下手だから本は読めないと思っていたけれど、『よむよむ文庫』のレベル1から読んだら、とても楽で自信がついた」「日本語を読む恐さを克服した」「本が好きになった」「読むのが速くなった」「話す力がついた」・・・。
多読クラスの学生が半年に読む本の数は数十冊。いい加減な読み方を身につけたからこその冊数でしょう。これが、100パーセントの理解を求めていたら、とたんに「お勉強」になって、母語に訳読しながらの「解釈」になって、かえって読む力が伸びないと思われますが、どうでしょうか。
日本語多読研究会の活動
ところが、日本語学習のカリキュラムの中にこういうスタイルの「多読」がとりいれられることはこれまでありませんでした。
それは一つには、日本語教育には多読できる素材がなかったということがあるでしょう。多読には、読んでわかって面白い、面白いからまた読みたくなるという読みものが大量に必要です。しかし、日本語教育には語彙や文法をコントロールした学習者向けレベル別読みものが今までなかったのです。
でも、ちょっと英語教育を横目で見れば・・・英語には何千冊というレベル別読みもの(graded readers)があるではありませんか。そして、今、社会人を中心に英語多読の輪が広がっています。日本語教育にもレベル別読みものがあったら!そんな思いで、私たちは7年前からレベル別読みもの作成を開始しました。作ったものをホームページを通じて公開すると、幸い国内外からたくさんのメールをいただきました。そして、少しずつ頒布し続け、これまで完成したのは5レベル73作品。うち61作品はレベル別日本語多読ライブラリー「にほんごよむよむ文庫」(アスク出版)として出版されています。漢字は総ルビで、カラーの挿絵が豊富に入り、負担感なく読み切れる薄さが信条です。まだまだ改善の余地があるかと思いますが、これならとりあえず、初級の学生もある程度文法を勉強したら、手が出せます。この本を読んで、飛ばし読みのコツをつかんでいって、無理なく日本人向けの本へと「離陸」していってほしい、と切に願っています。
それでも、多読するには、まだまだ本の数が足りません。しかも、我々ライターは10人足らず!
そこで、ライターの輪を広げようと、2007年9月から、読み物作りのワークショップを定期的に開催しています。2008年度は日本財団の助成を受けることもでき、以来、大学、日本語学校、ボランティア教室、大学院生とさまざまな方に参加していただいています。世界中の日本語教師たちが協力し合って、たくさんの読みものが生まれたらどんなに素敵でしょう。
いかがでしょう?日本で英語多読で英語を楽しむ人が増えているように、日本語環境が整わな
い海外でこそ、多読は有効だと思われませんか。
「本がない」「時間がない」などできそうもない理由はいろいろ挙げられるでしょう。でも、ぜひ一度、学習者に自由に読むチャンスを与えてみてください。夢中になって読む学生の横顔から学ぶ
ことは大きいはず、と確信しています。
日本語多読研究会のサイト→http://www.nihongo-yomu.jp/