研究プロジェクト
日本の口承文芸と文学上の「昔話」や「神話」などの物語には動物がよく出現する。動物の描写は、物語る人間の想像力も、実物の動物に関する知識と信仰も反映するため、豊かな研究の対象である。特にフクロウという動物は、日本ヤマト文化では不吉な意味もあれば、幸運の象徴でもあるが、シマフクロウはアイヌの「カムイ」(神)であるから、再話に多様な可能性のある動物だといえる。このため本研究は、フクロウを扱う日本(ヤマト)の昔話、アイヌの物語、およびその現代の再話(小説・絵本・アニメ等)を調査した。
研究分野はFairy tale studies(昔話・おとぎ話研究)だが、Ethno-ornithology(民族鳥類学)の研究方法も考慮に入れる。つまり、ある民族の物語の分析によって、野鳥の理解を深めて、保護を進めることを目的としている。
本研究は、日本語・日本文化・日本大衆文化の教師として、集めて分析したテキストをどのように講座に使用できるのかを考えるプロジェクトでもある。
研究成果
まず、早稲田大学図書館などで、民俗学・昔話研究の資料で伝統的なフクロウの物語と、その最近の再話・語り直し・再生成の文献調査を行った。その結果、(大人のための)日本文学ではフクロウにふれる話はあるが、フクロウの昔話と直接関連している小説は少ないことがわかった。そのため、研究対象を子供向けの児童文学(主に絵本)・漫画・アニメに絞ることができた。
そして、物語を媒体としてフクロウに関する知識が伝承されているのかを検討し、再生成するフクロウ物語が呼び起こす愉しみや共感についても考え始めた。その愉しみや共感が、人間の動物観を変えること、フクロウの魅力を表現することに使用されているのか、或いはどのように使用できそうなのか、を調べるために、東京と北海道で文献調査とフィールドワークを行った。
日本(ヤマト)のフクロウ昔話とその再生成
フクロウ昔話は、由来譚/なぜなぜ話が多いから、その昔話が語られていれば、知識も伝えられていることが明らかになった。「梟紺屋」(「ふくろうの染物屋」など)が北海道から沖縄まで分布し、一番普及しているそうだ。これは、フクロウは夜行性であることと、フクロウとカラスは仲が悪いことを説明するなぜなぜ話である。他の昔話には、フクロウの鳴き声の由来やそれに関する信仰を表現するものが多い。
日本の昔話では、フクロウは失敗したり、不幸をもたらしたりし、一般的に否定的なイメージがあることがわかった。このネガティブな描写は、文学や随筆(例:中勘助の「鳥の物語」1949)にも見られる。
「梟紺屋」が広範囲に分布しているとはいっても、あまり広く知られてはいないそうだ。子どものための昔話集以外の再生成の例として、松谷みよ子(文)と和歌山静子(絵)の「ふくろうのそめものや」(1991)のような幼児のための色鮮やかな絵本や昔話のアニメ(フクロウの染め物屋 https://www.youtube.com/watch?v=H0CHyE0RHsA)などがある。
フクロウは、他の動物と比べてもあまり描かれていず、欧米/西洋の翻訳絵本に比べても、フクロウを登場人物とする日本の絵本は少ない。あるものの中では、フクロウカフェや怪我したフクロウをテーマにした本が一番多い(例:ささきあり(文)、つがねちかこ(絵)「ふくろう茶房のライちゃん」2015)。昔話より、流行の、フクロウカフェやかわいいグッズの影響の方を受けた作品といえるであろう。フクロウは近年では「かわいい」とされているので、昔話や伝統的な否定的な描写はあまり引用されていないようである。
アイヌのフクロウ物語とその再生成
一方、北海道に生息するシマフクロウはアイヌのカムイ(神)であり、現在でも物語で豊かに語られている。その代表的な作品は、知里幸恵がアイヌ語から翻訳した「梟の神の自ら歌った謡 銀の滴降る降るまわりに」(1923年)である。アイヌ物語の「ユーカラ」というジャンルで、その特徴としてカムイが一人称で語る。シマフクロウの観点から人間と動物の関係を経験するから、動物と共感できるともいえる物語である。
「梟の神の自ら歌った謡」は現在でも再話されている。他のアイヌのフクロウ物語の再生成に、例えばまつしたゆうり「シマフクロウのかみさまがうたったはなし」(2014)、藤村久和(文)・手島圭三郎(絵)の「カムイチカプ」(2010)、宇梶静江の「シマフクロウとサケ」(2006)がある。
シマフクロウは絶滅危惧種である。北海道の博物館(北海道博物館・川村カネトアイヌ記念館など)ではシマフクロウの意味・アイヌにとっての大事さが伝えられている。しかし、観光地の施設(羅臼ビジターセンター・知床自然センターなど)で、訪問者に現地の動物を意識して理解してもらうために、動物に関する出展と、図書コーナーで集めているアイヌ文化を紹介する絵本をもっと密着に繋げて展示できるのではないかと考えられる。
研究成果の発表
まず日本(ヤマト)のフクロウ昔話を背景に、日本語と英語における「梟の神の自ら歌った謡」とその再生成について、学会で発表し、研究論文を(Animal Studies Journalなどに)提出する予定だ。
また、比較文化プロジェクトにも利用するつもりだ。フクロウという動物は、南極以外の世界の各大陸に生息するので、比較分析に適当である。このため、Owl Stories across Cultures: Towards Fairy Tale Studies for Conservation(「比較文化フクロウ物語:動物の保護への昔話研究」)として、日本(ヤマト)とアイヌの物語を、オーストラリア原住民の物語と、オーストラリアで語られる英国・西洋の昔話とも比較し、動物の保護との関わりを考察する論文を志している。
日本語・日本文化教育でのフクロウ物語の利用
オーストラリアでは、アニメやマンガなどの日本の現代ポップカルチャーをきっかけに、日本語を学習する学生が多い。Japanese Literature and Societyの講座で「梟の神の自ら歌った謡」をテキストとして扱い、再話を取りあげることで、「日本文学」「国語」、「日本人」、「マイノリティー」の定義について話し合い、新たな切り口から日本への理解を深めたいと考えている。
初級日本語コースでは、昔話のアニメを字幕有り・無しで聴解・読解練習のために使い、また「です・ます」調と「だ・である」調の違い、使い方の例として使用する予定がある。口承伝承の伝統からきた昔話は、話し言葉・書き言葉の相違点を教えるために特に役に立つと考えられる。
環境問題や動物との共生は現代オーストラリアの大学生にとっても切実なテーマである。このような問題を物語で扱うことで、「アニメ」や「マンガ」に興味をもった学生以外にも、日本語・日本文化の学習の魅力を伝えることが可能となる。このテキストの使用によって、学生のこうした問題への意識を高めることも目指している。様々な観点から勉強できる豊かな日本語・日本文化教育を、学生に提供していきたい。
参考文献
稲田浩二・小沢俊夫(編集)『日本昔話通観』31巻、同朋舎出版、1977-98.
宇梶静江『シマフクロウとサケ』福音館書店 、2006.
ささきあり(文)・つがねちかこ(絵)『ふくろう茶房のライちゃん』佼成出版社、2015.
知里幸恵「梟の神の自ら歌った謡 銀の滴降る降るまわりに」(1923)『アイヌ神謡集』岩波書店、1978.
中勘助「鳥の物語」(1949)『中勘助全集』 第3巻、岩波書店、1990.
野田研一・奥野克巳(編著) 『鳥と人間をめぐる思考―環境文学と人類学の対話』勉誠出版、2016.
「フクロウの染め物屋」『日本昔話 福娘童話集』https://www.youtube.com/watch?v=H0CHyE0RHsA.
藤村久和(文)・手島圭三郎(絵) 『カムイチカプ』絵本塾出版、2010.
まつしたゆうり『シマフクロウのかみさまがうたったはなし』アイヌ文化振興・研究推進機構、2014.
松谷みよ子(文)・和歌山静子(絵)『ふくろうのそめものや』童心社、1991.
英語:
Tidemann, Sonia, and Andrew Gosler, ed. Ethno-ornithology: Birds, Indigenous Peoples, Culture and Society. London; Washington: Earthscan, 2010.